富士山頂の所有者とは?―富士山本宮浅間大社

現在の技術でモンブラン最高峰標高は正確に測定されていますが、その高度は4,792mでしたから、
氷面の高度は+40mの4,832mとなってしまいます。
つまり、公称「4810.9m」は、小数点以下まで示されていますが、氷面、岩盤面のどちらでもないないことになります。

モンブラン最高峰の高さはその時々の解釈で違っていて「4、807m」とされていた時期も長くありました。
フランスの歴史では、ナポレオン・ボナパルトが圧倒的権力地位にあった時期がありましたが、
それでも現在に至ってモンブラン最高峰点の領有権は確定していません。都市国家をルーツとするヨーロッパならではの問題です。
日本では、「富士山」。この山頂標高ははっきりしていて「3,776m」です。その地点は「剣ヶ峰」と呼ばれています。

富士山頂
数年前まで、気象庁の測候所があり、山頂にはレーダードームなどの機器や建造物がありました。
そこの天辺(てっぺん)はさらに高いかったのは言うまでもありませんが、人工物ですから標高に変更がなかったことは無論です。
このレーダードームは山頂にあり、しかも国内で最高高度でしたから、日本全周を見渡せることができたのです。
富士山が死角とならない地域からでは、この気象レーダードームを肉眼で見ることができました。

ところで、富士山は日本の山ですから領有権争い起こらなかったと考えるところですが、実は違います。
言葉として領有権ではなく、所有権としての争いがありました。長く係争され2004年に最高裁で決着がついています。
所有者は、「富士山本宮浅間大社(ふじさんほんぐうせんげんたいしゃ) 」です。
通称「浅間神社(あさまじんじゃ)、浅間さん」とも呼ばれている大社で、富士山としての所有地は標高3,360m以上のすべてです。
つまり、私たちが行う富士山登山は、すなわち、 富士山本宮浅間大社境内参拝となるので、宗教行為なのです。

2004年の最高裁による所有権確定は、実は、日本政府が蒸し返したことから起こった係争です。
本来、安永8年(1779年)に既に決着していたのですが、慶応4年(1868年)に幕府が発布した「神仏分離令」から始まって、富士山本宮浅間大社と時の政権との間で係争されていたのです。
古くから係争されましたが大きな係争は、「元禄の係争(争論)」と「安永の係争」がありました。現代風でいえば、「宗教団体認可に関すること」と「財産権」で、前者は寺社奉行が、後者を勘定奉行が調停しました。