富士山登山、最初で最後の(?)ご来光

このときの富士山登山も先輩にとっては、この山小屋が目的地だったのですが、私には初めての富士山でしたから、
先輩はいつものパターンを変更し、私に山頂でのご来光を経験させてくださいました。
この富士山登山が私にとって、最初で最後の(?)山頂でのご来光です。

この登山を最後に先輩は九州へ転任されました。この山小屋が目的地であった理由は、その日の晩に知りました。
当時、富士山登山にはいくつかのボランティア団体があって、例えば、
歩行不自由者の方などに富士山ご来光を見せてあげる団体、冬富士登山失敗遭難者遺体搬出の団体などがありました。
個人では、「山頂郵便作業員」もあります。先輩が行っていたのは、無償でしたから「ボランティア」と申しましたが、
この山小屋のご亭主と友人関係となり、「山小屋開き」の手伝いをすることでした。つまり、開山祭前に入山します。
報酬は頂かないのですが、実は、これを手伝うとかけがえのないことを得るられるのです。富士山で入浴できるのです。

ご来光

この山小屋も、他のどの山小屋にも入浴設備はありません。
山開きは肉体労働です。外気は冷たいのですが汗をかきます。夏が終わり山を閉じて、次の山開きまで閉ざしていた小屋です。
ここへ入山者を迎え入れるための準備は重労働です。ご亭主はこの日までに何度もここへ荷物の搬入のために登ります。
多い日は2往復する日もあるそうです。小屋の入口の雪かきも終わらせてありました。

日がある間に仕事を済ませ、休むときにランプに火を入れます。
そうしていると、ご亭主はいつもの浅く広い穴にブルーシートを敷いて、雪を放り込みます。私も手伝います。
これが「湯」になるのです。自分たちのための風呂です。これだけのために毎年、先輩は登っていたのです。
燃やす燃料は、シーズン中に集まった可燃物ゴミです。これを処分せねばなりません。
その時に、例の番号が書かれている石を焼いて、集めた雪に投入するのです。全部燃やすのに数時間かかります。
夜中12時頃にやっと終わるとちょうど雪が「湯」になっています。早く入らないとすぐにさめてしまう風呂です。
日本酒はアルコール度数が低く効率が悪いので、ここでやるのはいつもスコッチです。肴は、ご亭主自家製の各種燻製です。
野菜類は贅沢品ですが、「キャベツ」は雪と相性が良いそうで、甘い千切りを塩だけで、生でいただきます。
この山小屋では、90℃で水が沸騰します。したがって、インスタントラーメンは美味しくありませんが、これを頂きます。
米は圧力釜でないと炊けません。

冒頭に「この富士山登山が私にとって、最初で最後の(?)山頂でのご来光です」と書きましたが、富士登山、私にもまだできるかもしれませんよね。どうかなあ…。