下山中、耳が痛くなることがあります。海でのダイビングのご経験がない方には辛いかもしれません。
登るときの気圧変化は緩やかですが、下山は速度が早いので、内耳の調節が上手く出来ないとき痛みます。
鼻をつまんで息んで耳に圧力をかける動作をすると治ります。

登山で恐ろしい思いをしたことがあります。
私は7回登ったと申しました。1回目はシーズン中の1回だけで、あとは年に2回登りました。
2回目からは、先輩が転勤したので、私が山開きのお手伝いのために、山開き前に登ります。
そして、もう一度シーズン内に登ります。それを3年続け、現在の居住地へ引っ越しました。

この登山中のことです。山開き前の6月の五合目駐車場には一台も自動車はありません。
ここへ来る前に、支度の買い物時に「乾電池」を買いました。当時は「LED」のヘッドランプなどない時代でしたので、電池の予備は必需品です。
夕刻、ソックス、ズボン、シューズなどの支度をし登り始めました。植物が茂る高度でも凍りついていたのでアイゼンを取り付けました。
登り初めて1時間半ほどで完全に火が落ちました。この時思い出したのです。
予備の電池を自動車のダッシュボードの上に置いて忘れてきたことをです。この時期の富士山九合目は氷点下です。
しかも、他に入山者はいません。自前の灯りしかないのです。この時は本当に怖かったです。スイッチを入れて辺りを見回し風景を記憶して、
すぐにスイッチを切って、闇の中を進みました。そんなことをしながら心細い中、スイッチを入れたら、
例の番号が書いてある石を見つけました。嬉しかったです。トントントンと駆け上ると山小屋から明かりが見えました。

富士山

夜間の登山で明かりを失うのは命取りです。防寒、食糧に並ぶ重要物件ですから覚えておいてください。
数年前、富士山で落石事故があり幾人かが命を失ったことがあります。
富士山は「険しい山」と言うイメージは少ないです。実際、老若男女登れる山です。
しかし、山です。物質が動力なして登っていくことはありえません。落下あるのみです。
特に富士山は火山ですから、山肌が脆い(もろい)のです。

富士山の真西斜面に深い溝が見えます。「大沢崩れ」と言い、ここは、落石が絶えず起こっており、その音が止まずに聞こえます。
ここには一般向けの登山道はありません。実は、富士山は全斜面が崩れています。
つまり、小さくなっているのです。そして、噴火があって体積を増し、また崩れます。噴火の堆積量が崩れる量より多かったので高くなったのが富士山です。
大沢崩れはその規模が大きいので目立ちますが、落石はどこでも起こりうるので注意が必要です。

私は、砂走りを駆け下りていたとき、一度「ブロッケンの怪物」を見たことがあります。
砂走りでこの怪物と遭遇したら「駆ける」のを止めねばならないのです。

富士山マナー

ブロッケンの怪物の正体は、「自分」です。山頂付近は大抵晴れていますが、
上昇気流に乗って雲が斜面を登ってくることがあります。「ガスる。」と言います。
霧と思えばよろしいでしょうか。ようするに自分が雲の中に入ってしまうのです。この時は非常に視界が悪く数メートル先までしか見えません。
ですから、他の人と衝突する危険がありますのでガスっているときは走ってはならないのです。
怪物に見えているのは、太陽を背にした時にその雲に投射されている自分の影です。
その影にはリング上に採光があって、神秘的です。日本では、この現象を「御来光」と呼ぶこともあります。仏の背後の光琳のように見えるからです。

登山道では、皆、考えていることは同じです。頂上まであとどれくらいしんどいのだろうか。
すれ違う人は、その点においては先輩です。登山者から挨拶するのがマナーです。
通常、登山道では、他人とすれ違うとき「こんにちは」と挨拶することになっています。
富士山でも同様ですが、富士山の場合、山頂が近づくと登山道が合流している場合が多いので、
下山者と登山者がすれ違いますが、一部の道では、「登山道」と「下山道」がはっきり示されています。
途中で分岐することもあります。富士登山はワンダーホーゲルではないので、不慣れな登山者も大勢おります。
ご年配の方もいらっしゃいます。そのような人たちは、限られた時期に入山するので、「混雑」している山です。
ちょうど、初詣のように参拝者が大勢歩く道を想像されるとよろしいでしょう。
そもそも富士登山はその意味もある山ですから、混雑するのです。
ですから、「一方通行制度」が暗黙に定着しています。逆流はマナーに反することもあるとお考えで楽しまれた方がいいでしょう。

なぜこのようなことを申すかと言いますと、帰りの自動車の渋滞を嫌って、敢えて逆流する人がいるのです。
それは、以前は慣れた人がしていた行為でした。最近は、「ガイド本」などで「富士登山マル秘テクニック」と称して勧めていることがあるからです。

登山道一方通行は、自動車の「道路交通法」のような強制規制ではありませんが、マナーとして定着していること覚えてください。特に、先に申しました、「砂走り」を登山(逆流)するのはお互いに危険です。ここに限っては「下山専用」です。
富士山は、午後から夕刻に登山者が多く、下山はその逆です。大勢がそうしているので、下山者と登山者がすれ違うことは少ないのも特徴です。
すれ違った時は挨拶してください。登っている人が考えていることは全員同じ内容です。「あとどれくらいかな?」

駅伝

富士山の登山口はいくつもあります。それぞれ特徴があり、標準的な登頂時間も違っています。
当たり前ですが、長い距離を歩くコースは「スイッチターン」が採用されており、勾配が緩やかです。
距離の短いコースは強い勾配です。自分にあったコースを選んでください。登山口を決めてから山小屋を予約します。
私が登っていた時代には「携帯電話」がほとんど普及していませんでしたから、山小屋は入山者のすべてを受け入れていました。
山小屋のルールでした。ですから、見ず知らずの人と一枚の布団に3人で休んだりすることは珍しくありませんでした。
現代では、連絡が取れるので「予約制」が普通になっています。

登山道と下山道を変えて、二つの景色を楽しみたい。と言うのも普通に考えられます。
この場合は、自家用車を駐車した場所が影響しますから、公共交通をご利用することをお勧めします。
「須走口」は、下山の時「砂走り」を楽しむことができるので人気のコースです。
ここは、登山口と下山口が別になっていて、駐車場で合流できるのでマイカーの人たちには便利です。

「砂走り」は「須走」の語源でしょう。「危険な砂走りはやめましょう。」と書かれているところがあります。
この危険とは、衝突のことです。坂道を駆けて下ると止まれなくなり怖いものですが、砂走りは砂礫が深く続いていて障害物もないので、思いっきり走れるのです。足の回転が追いつかなくなると、飛び込み前転のような感じでころげ落ちても痛くありません。楽しい。
実に愉快です。ところが、皆が同じことをしているとは限りません。時に振り返って、今登った山頂を撮影するために止まっている人もいらっしゃいます。
速度も違うでしょう。駆け下るとブレーキがかかりません。そこで衝突が起こるのです。危険でない範囲で楽しむ程度に走ることがマナーです。

砂走りを楽しむには、踵が強化されたシューズを使用することをお勧めします。
砂礫に踵を突き刺すように駆け下るので、その部分が摩耗して靴が壊れてしまいます。
経験したことのない速度で走れるのです。あんなにしんどかった登山が嘘のようです。
須走口はこの下山があるので危険防止のために登山者を別の道に誘導しています。
富士山は、登山を始めの頃、野鳥などのさえずりや、森林が気持ちいいのですが、ある程度登ると環境が一変します。
「荒野」です。一切の生き物を見ることはありません。生きているもので見るのは他の登山者だけです。
この辺りになると、流石に(さすがに)「霊峰富士」と思えます。

「富士山をなめちゃいかん。」富士山での遭難で、命を落とす人は毎年あります。
富士山遭難の特徴は「若者」の遭難です。山岳遭難では、「行方不明」が多いのですが、
富士山はオールナイトで大勢が登っているので行方不明はほとんど起こりません。

私が経験したのは、2回目の山開き準備の時でしたが、その山小屋から上方に人が数人確認できましたので、
双眼鏡で覗くと、遺体が雪解けで見えるようになったので搬出しているところでした。山小屋のご亭主によると、
前年の秋に自転車を担いで登った青年が遭難し、雪に閉ざされ、雪解けを待っての遺体搬出だそうでした。

富士山は五合目、新五合目まで自動車で行けます。ほとんどの人はそこが「登山口」と考えるのですが、
その場所はすでに富士山の3分の2を登っている状態です。あと、3分の1を徒歩で登れば山頂です。
ですから、八合目、九合目といっても、8割、9割自力で登り終えたと思うのは誤りです。登山の半分ほどにしか過ぎないのです。
五合目には駐車場が完備されています。ここまで自動車で登ってお気づきの方も多いことですが、
「ディーゼルエンジン」が非常に弱くなります。
レンタカーのバンやトラックでの場合は…

「この程度の坂道なのにローでやっと登る。」とか
「錯覚で実は勾配が強い」とか思うでしょう。これは、気圧が低いため混合燃料が効率よく爆発しないためです。
ガソリンエンジンにはあまり影響しません。また、登山中、休憩の時にタバコを喫むことがりますが、
オイルライターの点火が悪いです。山頂では使えないと考えていいでしょう。

気圧が低いことは当然です。山頂の空気は70%に薄まっています。ここでは水は87℃で沸騰します。
通常の気象は八合目辺りで終わりですから、夏の山頂は、ほとんど毎日晴れです。直射日光は遮るものがないので強力です。
気温が6℃までしか上がらないので油断するのですが、海岸での日光浴以上のパワーで日焼けします。
登山中の疲労は休憩し回復したら再開できるのですが、通常の疲労感ではない苦しさがあれば、
それは高山病と呼ばれる生理現象です。酸素吸入なしでは絶対に回復できません。
この状態になる人は、それ以上の登山は諦めて下山してください。苦しさが増すだけです。
各山小屋には携帯酸素ボンベが販売されています。下山中に回復を望むのであれば、これお一本求めれば、
頭痛は取れて駐車場へ戻れるでしょう。稀ではなく頻繁に、駐車場(五合目)ですでに頭痛がある人もいらっしゃいます。
高山病は個人差が大きいですが、「病気」ではありません。単なる生理現象です。

登山について

このときの富士山登山も先輩にとっては、この山小屋が目的地だったのですが、私には初めての富士山でしたから、
先輩はいつものパターンを変更し、私に山頂でのご来光を経験させてくださいました。
この富士山登山が私にとって、最初で最後の(?)山頂でのご来光です。

この登山を最後に先輩は九州へ転任されました。この山小屋が目的地であった理由は、その日の晩に知りました。
当時、富士山登山にはいくつかのボランティア団体があって、例えば、
歩行不自由者の方などに富士山ご来光を見せてあげる団体、冬富士登山失敗遭難者遺体搬出の団体などがありました。
個人では、「山頂郵便作業員」もあります。先輩が行っていたのは、無償でしたから「ボランティア」と申しましたが、
この山小屋のご亭主と友人関係となり、「山小屋開き」の手伝いをすることでした。つまり、開山祭前に入山します。
報酬は頂かないのですが、実は、これを手伝うとかけがえのないことを得るられるのです。富士山で入浴できるのです。

ご来光

この山小屋も、他のどの山小屋にも入浴設備はありません。
山開きは肉体労働です。外気は冷たいのですが汗をかきます。夏が終わり山を閉じて、次の山開きまで閉ざしていた小屋です。
ここへ入山者を迎え入れるための準備は重労働です。ご亭主はこの日までに何度もここへ荷物の搬入のために登ります。
多い日は2往復する日もあるそうです。小屋の入口の雪かきも終わらせてありました。

日がある間に仕事を済ませ、休むときにランプに火を入れます。
そうしていると、ご亭主はいつもの浅く広い穴にブルーシートを敷いて、雪を放り込みます。私も手伝います。
これが「湯」になるのです。自分たちのための風呂です。これだけのために毎年、先輩は登っていたのです。
燃やす燃料は、シーズン中に集まった可燃物ゴミです。これを処分せねばなりません。
その時に、例の番号が書かれている石を焼いて、集めた雪に投入するのです。全部燃やすのに数時間かかります。
夜中12時頃にやっと終わるとちょうど雪が「湯」になっています。早く入らないとすぐにさめてしまう風呂です。
日本酒はアルコール度数が低く効率が悪いので、ここでやるのはいつもスコッチです。肴は、ご亭主自家製の各種燻製です。
野菜類は贅沢品ですが、「キャベツ」は雪と相性が良いそうで、甘い千切りを塩だけで、生でいただきます。
この山小屋では、90℃で水が沸騰します。したがって、インスタントラーメンは美味しくありませんが、これを頂きます。
米は圧力釜でないと炊けません。

冒頭に「この富士山登山が私にとって、最初で最後の(?)山頂でのご来光です」と書きましたが、富士登山、私にもまだできるかもしれませんよね。どうかなあ…。

富士山各所へ物資の輸送を担う作業員を歩荷(強力)と申しました。強力の本来の仕事は、ガイドです。
シーズンでは、物資はほぼ毎日運ばねば足りませんので、強靭な若者が体力トレーニングを兼ねて短期アルバイトとして人気があります。
報酬は実に単純で、重量数と距離から算出されます。彼らは大抵、山小屋で宿泊し、朝下山して、再度登ることを繰り返すのです。

山小屋

現代の日本の歩荷は男子がほとんどですが、昔は女性も従事しました。
野口英世のご母堂がこの歩荷をされていました。
登山道から外れた斜面をキャタピラー式の運搬車が荷物を運べるところもありますが、
富士山の姿の保全のため決められた斜面しか使用できないことになています。

私がはじめて富士山を登ったのは先輩に誘われたからです。そのときはシーズン真っ只中でした。
入山前に先輩が麓のスーパーで、キュウリ数本、ウイスキー2本、普段飲まないコーラを1ダース、
喫煙習慣がないのにタバコ1カートンを買っていました。二人で飲むには多すぎるウイスキーなど不審でした。

理由は、先輩が目的地とする山小屋への差し入れだったのです。
山小屋では、「キュウリ」のような生鮮食糧は非常に貴重なのです。
山小屋は「須走口」の登山口側(下山側は別です。)から登って九合目にある「太陽館」です。
ここのご亭主は山開き後は下山しません。ですから、この差し入れ以外には酒タバコは我慢しているのです。

太陽館をご存知の方もいらっしゃるでしょうが、少しだけユニークなところを紹介しておきます。
まず、大抵は、夜中に到着するケースが多いので、その時は気がつかないのですが、付近の石垣や山小屋の外壁の石積みが特徴的です。
石一つ一つに白のペンキで番号が振られていますが、その向きは全部デタラメで外側に向いていない石もありますが、
その石にも番号は振られているそうです。
なぜゆえに番号が振られているかと言うと、昔、ご亭主が若い頃その山小屋を入手し、
できれば少し移設したいと考え、その石積みをバラして、再度組み直そうと考えたそうです。
そのための目印がその番号です。結果は惨憺たる状態で、今に至っているのです。
場所が変われば元通りの「天然積み」は不可能で、結局セメントで固めたそうです。そのデタラメな石積みがこの写真です。

この山小屋は古い小屋だったそうです。その辺りにある石を組んで作られた石積みの山小屋はどれも古く、
軽い新建材で建てられた小屋は新しい小屋だそうです。

富士山の山開き、「開山祭」は富士山本宮浅間大社本宮で毎年7月1日に行われます。
この日に村山修験の「護摩焚き」も行われます。

一般的な人々でも登山が可能な富士山ですが、やはり日本最高峰のお山ですから、季節外れの登山は命に危険が及びます。
山頂にはもちろん「万年雪」があり、真夏でも山頂は「冬」です。山開き直前に登山をすると、
8合目辺りからは「アイゼン」を装着せねば登ることはできません。また、軽装で登ることが一般的なゆえ、
宿泊の配慮をなさないままの登山は命に危険をともないます。商業山小屋が準備を整え終わるのは山開きからですから、
これ以前の登山では宿泊施設がないと考えなければなりません。

富士山の宿泊施設である「山小屋」は各登山道から登って行けば数多く整備されています。
健康な人であれば、シーズンは、宿泊なしの「日帰り登山」も可能です。富士登山はワンダーホーゲルの意味合いは薄く、
登りやすい山です。ですから、夜間の富士登山も可能です。

富士山の山小屋の利用目的の多くは「ご来光」を拝むための施設であると考えて差支えないでしょう。
つまり、通常の宿泊施設の様に「一晩眠る」と言う利用者は少なく、通常、夜明け前には起床し、登山を再開します。
ですから、山小屋の宿泊者が他の入山者と朝、洗面所で合って、歯を磨きながら「お早うございます。」と言う光景はほぼありません。
富士山の山小屋では、起床は山小屋のご亭主が手伝ってくださいます。各山小屋では、その小屋を出発して山頂に着くまでの標準的な所要時間を知っていますので、日の出から逆算して宿泊者を起床させます。
リゾート気分で宿泊されているなら、その時の声掛けで起きる必要はありません。私は、7度登っていますが、ご来光を山頂で拝んだのは1回だけです。

山小屋でのあらゆる費用(価格)は標高が高くなるに従い高くなります。

お金

理由は簡単で、そこにそれがあることを考えれば納得できます。水は無論、あらゆる物資は麓から運んでこなければならないからです。
いくら登りやすい山とはいえ登山で持ってくる物資には大きな制約があります。
つまり、値段の殆どは運賃なのです。また、休む小屋が標高の高いところにあれば、起床後の登山道中が短いわけですから、
最大の目的である「ご来光拝み」の利便性を考えると、やはり高度の高い山小屋の方が有利です。
そのことも価格に含まれます。
登山道を使ってしか運べない場所への物資の輸送は人力です。「強力(ごうりき)」と言います。
「剛力」とも書きます。「歩荷(ぼっか)」のことです。

富士山本宮浅間大社の「本宮」は富士山南方の富士宮市にあり、富士山山頂は 富士山本宮浅間大社の「奥宮」となります。

富士浅間公園
ですから、山頂が近づくと鳥居があるのです。
「浅間神社」は日本のいたるところにあります。いくつかご存じの方もいらっしゃることでしょう。
それは、富士山自体が御神体であり、富士山信仰としての社宮が浅間神社なのです。その総本山が 富士山本宮浅間大社です。
ところで、所有者ははっきりしました。ですから、所有者の登記上に地名もはっきりしています。所有者は富士宮市の本宮ですが、「山頂」の住所はどうなっているのか御存じですか?

日本地図を広げて県境を意味する境界線をたどってみると、山頂で切れているのが認められるはずです。
そうです。富士山頂は日本のどの都道府県にも属していないのです。強いて住所を言えば、「日本国富士山頂」です。
富士山を御神体とする信仰では、この神の名を「このはなのさくやひめのみこと」と言います。
別称は「あさまやまのおおかみ」です。作者不詳ではありますが、
現存する時空をテーマとした最古の空想科学小説とされている「竹取物語」の主人公「かぐや姫」がこの神にあたると考えられています。
富士山信仰は見つかっている遺跡群を根拠として推察されています。少なくとも縄文時代には既に富士山信仰は興って(おこって)いたようです。
日本への仏教伝来よりはるかに古くからの信仰であたことから、「神道」としての富士山が目立つのですが、
「村山修験」の中心地として、富士山興法寺(ふじさんこうぼうじ)があります。そのようなことから、富士山は、仏教、神道の習合としてのシンボリックな存在です。

仏教での行として、富士登山が行われ、この行為が「村山修験」の本質です。
前述した、「神仏分離令」により、「村山修験」は急速にすたれましたが、
富士山本宮浅間大社の本宮である富士宮市の村山浅間神社では、「村山修験」のグッズを焼く「護摩炊き」は現在でも行われています。

富士山は、昭和11年に「富士箱根伊豆国立公園」となっておりますが、
信仰の対象としては、世界が目するところであり、「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」として世界遺産に指定されています。
また、日本の霊峰として、日本三名山や、全国の名山としての日本百名山、さらに、日本の地質百選に名が載せられています。
日本三大霊山としては富士山、白山そして最近噴火した御嶽山もしくは立山とされています。

現在の技術でモンブラン最高峰標高は正確に測定されていますが、その高度は4,792mでしたから、
氷面の高度は+40mの4,832mとなってしまいます。
つまり、公称「4810.9m」は、小数点以下まで示されていますが、氷面、岩盤面のどちらでもないないことになります。

モンブラン最高峰の高さはその時々の解釈で違っていて「4、807m」とされていた時期も長くありました。
フランスの歴史では、ナポレオン・ボナパルトが圧倒的権力地位にあった時期がありましたが、
それでも現在に至ってモンブラン最高峰点の領有権は確定していません。都市国家をルーツとするヨーロッパならではの問題です。
日本では、「富士山」。この山頂標高ははっきりしていて「3,776m」です。その地点は「剣ヶ峰」と呼ばれています。

富士山頂
数年前まで、気象庁の測候所があり、山頂にはレーダードームなどの機器や建造物がありました。
そこの天辺(てっぺん)はさらに高いかったのは言うまでもありませんが、人工物ですから標高に変更がなかったことは無論です。
このレーダードームは山頂にあり、しかも国内で最高高度でしたから、日本全周を見渡せることができたのです。
富士山が死角とならない地域からでは、この気象レーダードームを肉眼で見ることができました。

ところで、富士山は日本の山ですから領有権争い起こらなかったと考えるところですが、実は違います。
言葉として領有権ではなく、所有権としての争いがありました。長く係争され2004年に最高裁で決着がついています。
所有者は、「富士山本宮浅間大社(ふじさんほんぐうせんげんたいしゃ) 」です。
通称「浅間神社(あさまじんじゃ)、浅間さん」とも呼ばれている大社で、富士山としての所有地は標高3,360m以上のすべてです。
つまり、私たちが行う富士山登山は、すなわち、 富士山本宮浅間大社境内参拝となるので、宗教行為なのです。

2004年の最高裁による所有権確定は、実は、日本政府が蒸し返したことから起こった係争です。
本来、安永8年(1779年)に既に決着していたのですが、慶応4年(1868年)に幕府が発布した「神仏分離令」から始まって、富士山本宮浅間大社と時の政権との間で係争されていたのです。
古くから係争されましたが大きな係争は、「元禄の係争(争論)」と「安永の係争」がありました。現代風でいえば、「宗教団体認可に関すること」と「財産権」で、前者は寺社奉行が、後者を勘定奉行が調停しました。

私の愛用する万年筆のペン先に「#3776」と刻まれています。40歳の誕生日のプレゼントとして、
妻から送られた万年筆です。「プラチナ万年筆モデル#3776シリーズ」の一つです。
頂きた物についての価格価値を語るのは不義理ですが、当時の我らの生活レベルとしては、「必要ではない実用品」だから「贅沢な持ち物」でした。実際最高級モデルと言うわけではありません。
モンブラン万年筆
この万年筆に採用されているペン先の刻印「3776」と言う数字は、もう既に知っておられる方、
お気づきの方もいらっしゃるでしょう。富士山の最高峰標高3、776mにちなんでいます。
国内最高峰「富士山」の標高をネームに使用することは、まさに「最高峰」を狙った意図を汲むものです。
これは、万年筆モンブランにも、ヨーロッパの最高峰「標高4、810mモンブラン山」の「4810」を刻んでいるのと同様です。
モンブランはスイスの装飾品企業体「リュモン・グループ」の筆記用具ブランドです。

実は、ここで、モンブランを「ヨーロッパ最高峰」と申しましたが、誤りです。
ヨーロッパ最高峰はロシアの「エルブルス山」で標高は5,642mです。
「富士山」のお話の前に「モンブラン」について少し述べたいと思います。
モンブランブランドがなぜ、「5642」を使用せず「4810」としたか。ここは興味のあるところです。
企業意図を汲むとヨーロッパ最高峰である「5642」を使用せず、2番目の「4810」であったことは不自然です。
そこに意味があるに違いありません。
想像するに、つまり、当時の「ヨーロッパ」と言う考えに「ロシア」が含まれていなかった証拠ではあるまか。そう強く示唆されます。
なぜなら、モンブランはスイス領ではないことから、「何かの範囲、カテゴリー内で最高」の数字を示したはずです。それが敢えてモンブランの標高だったのです。
さて、モンブラン最高峰点はどこの国の領土でしょうか。実は、決着がないのです。
領有権を主張しているのはイタリアとフランスです。スイスは無関係です。しかも、モンブランと言う地名はドイツ語です。
この筆記用具一つを見ても、ヨーロッパの成り立ち、歴史、都市国家など私たち日本人には考えにくい思想があることを知ることができます。

モンブラン

モンブランの標高は現在「4、810.9m」とされています。しかし、実は、氷ではない岩盤の最高標高は、現在の氷の部分の最高峰の下40mにあることがわかっていて、その高さは「4,792m」です。