私は、砂走りを駆け下りていたとき、一度「ブロッケンの怪物」を見たことがあります。
砂走りでこの怪物と遭遇したら「駆ける」のを止めねばならないのです。

富士山マナー

ブロッケンの怪物の正体は、「自分」です。山頂付近は大抵晴れていますが、
上昇気流に乗って雲が斜面を登ってくることがあります。「ガスる。」と言います。
霧と思えばよろしいでしょうか。ようするに自分が雲の中に入ってしまうのです。この時は非常に視界が悪く数メートル先までしか見えません。
ですから、他の人と衝突する危険がありますのでガスっているときは走ってはならないのです。
怪物に見えているのは、太陽を背にした時にその雲に投射されている自分の影です。
その影にはリング上に採光があって、神秘的です。日本では、この現象を「御来光」と呼ぶこともあります。仏の背後の光琳のように見えるからです。

登山道では、皆、考えていることは同じです。頂上まであとどれくらいしんどいのだろうか。
すれ違う人は、その点においては先輩です。登山者から挨拶するのがマナーです。
通常、登山道では、他人とすれ違うとき「こんにちは」と挨拶することになっています。
富士山でも同様ですが、富士山の場合、山頂が近づくと登山道が合流している場合が多いので、
下山者と登山者がすれ違いますが、一部の道では、「登山道」と「下山道」がはっきり示されています。
途中で分岐することもあります。富士登山はワンダーホーゲルではないので、不慣れな登山者も大勢おります。
ご年配の方もいらっしゃいます。そのような人たちは、限られた時期に入山するので、「混雑」している山です。
ちょうど、初詣のように参拝者が大勢歩く道を想像されるとよろしいでしょう。
そもそも富士登山はその意味もある山ですから、混雑するのです。
ですから、「一方通行制度」が暗黙に定着しています。逆流はマナーに反することもあるとお考えで楽しまれた方がいいでしょう。

なぜこのようなことを申すかと言いますと、帰りの自動車の渋滞を嫌って、敢えて逆流する人がいるのです。
それは、以前は慣れた人がしていた行為でした。最近は、「ガイド本」などで「富士登山マル秘テクニック」と称して勧めていることがあるからです。

登山道一方通行は、自動車の「道路交通法」のような強制規制ではありませんが、マナーとして定着していること覚えてください。特に、先に申しました、「砂走り」を登山(逆流)するのはお互いに危険です。ここに限っては「下山専用」です。
富士山は、午後から夕刻に登山者が多く、下山はその逆です。大勢がそうしているので、下山者と登山者がすれ違うことは少ないのも特徴です。
すれ違った時は挨拶してください。登っている人が考えていることは全員同じ内容です。「あとどれくらいかな?」

駅伝

富士山の登山口はいくつもあります。それぞれ特徴があり、標準的な登頂時間も違っています。
当たり前ですが、長い距離を歩くコースは「スイッチターン」が採用されており、勾配が緩やかです。
距離の短いコースは強い勾配です。自分にあったコースを選んでください。登山口を決めてから山小屋を予約します。
私が登っていた時代には「携帯電話」がほとんど普及していませんでしたから、山小屋は入山者のすべてを受け入れていました。
山小屋のルールでした。ですから、見ず知らずの人と一枚の布団に3人で休んだりすることは珍しくありませんでした。
現代では、連絡が取れるので「予約制」が普通になっています。

登山道と下山道を変えて、二つの景色を楽しみたい。と言うのも普通に考えられます。
この場合は、自家用車を駐車した場所が影響しますから、公共交通をご利用することをお勧めします。
「須走口」は、下山の時「砂走り」を楽しむことができるので人気のコースです。
ここは、登山口と下山口が別になっていて、駐車場で合流できるのでマイカーの人たちには便利です。

「砂走り」は「須走」の語源でしょう。「危険な砂走りはやめましょう。」と書かれているところがあります。
この危険とは、衝突のことです。坂道を駆けて下ると止まれなくなり怖いものですが、砂走りは砂礫が深く続いていて障害物もないので、思いっきり走れるのです。足の回転が追いつかなくなると、飛び込み前転のような感じでころげ落ちても痛くありません。楽しい。
実に愉快です。ところが、皆が同じことをしているとは限りません。時に振り返って、今登った山頂を撮影するために止まっている人もいらっしゃいます。
速度も違うでしょう。駆け下るとブレーキがかかりません。そこで衝突が起こるのです。危険でない範囲で楽しむ程度に走ることがマナーです。

砂走りを楽しむには、踵が強化されたシューズを使用することをお勧めします。
砂礫に踵を突き刺すように駆け下るので、その部分が摩耗して靴が壊れてしまいます。
経験したことのない速度で走れるのです。あんなにしんどかった登山が嘘のようです。
須走口はこの下山があるので危険防止のために登山者を別の道に誘導しています。
富士山は、登山を始めの頃、野鳥などのさえずりや、森林が気持ちいいのですが、ある程度登ると環境が一変します。
「荒野」です。一切の生き物を見ることはありません。生きているもので見るのは他の登山者だけです。
この辺りになると、流石に(さすがに)「霊峰富士」と思えます。

「富士山をなめちゃいかん。」富士山での遭難で、命を落とす人は毎年あります。
富士山遭難の特徴は「若者」の遭難です。山岳遭難では、「行方不明」が多いのですが、
富士山はオールナイトで大勢が登っているので行方不明はほとんど起こりません。

私が経験したのは、2回目の山開き準備の時でしたが、その山小屋から上方に人が数人確認できましたので、
双眼鏡で覗くと、遺体が雪解けで見えるようになったので搬出しているところでした。山小屋のご亭主によると、
前年の秋に自転車を担いで登った青年が遭難し、雪に閉ざされ、雪解けを待っての遺体搬出だそうでした。

富士山は五合目、新五合目まで自動車で行けます。ほとんどの人はそこが「登山口」と考えるのですが、
その場所はすでに富士山の3分の2を登っている状態です。あと、3分の1を徒歩で登れば山頂です。
ですから、八合目、九合目といっても、8割、9割自力で登り終えたと思うのは誤りです。登山の半分ほどにしか過ぎないのです。
五合目には駐車場が完備されています。ここまで自動車で登ってお気づきの方も多いことですが、
「ディーゼルエンジン」が非常に弱くなります。
レンタカーのバンやトラックでの場合は…

「この程度の坂道なのにローでやっと登る。」とか
「錯覚で実は勾配が強い」とか思うでしょう。これは、気圧が低いため混合燃料が効率よく爆発しないためです。
ガソリンエンジンにはあまり影響しません。また、登山中、休憩の時にタバコを喫むことがりますが、
オイルライターの点火が悪いです。山頂では使えないと考えていいでしょう。

気圧が低いことは当然です。山頂の空気は70%に薄まっています。ここでは水は87℃で沸騰します。
通常の気象は八合目辺りで終わりですから、夏の山頂は、ほとんど毎日晴れです。直射日光は遮るものがないので強力です。
気温が6℃までしか上がらないので油断するのですが、海岸での日光浴以上のパワーで日焼けします。
登山中の疲労は休憩し回復したら再開できるのですが、通常の疲労感ではない苦しさがあれば、
それは高山病と呼ばれる生理現象です。酸素吸入なしでは絶対に回復できません。
この状態になる人は、それ以上の登山は諦めて下山してください。苦しさが増すだけです。
各山小屋には携帯酸素ボンベが販売されています。下山中に回復を望むのであれば、これお一本求めれば、
頭痛は取れて駐車場へ戻れるでしょう。稀ではなく頻繁に、駐車場(五合目)ですでに頭痛がある人もいらっしゃいます。
高山病は個人差が大きいですが、「病気」ではありません。単なる生理現象です。

登山について

このときの富士山登山も先輩にとっては、この山小屋が目的地だったのですが、私には初めての富士山でしたから、
先輩はいつものパターンを変更し、私に山頂でのご来光を経験させてくださいました。
この富士山登山が私にとって、最初で最後の(?)山頂でのご来光です。

この登山を最後に先輩は九州へ転任されました。この山小屋が目的地であった理由は、その日の晩に知りました。
当時、富士山登山にはいくつかのボランティア団体があって、例えば、
歩行不自由者の方などに富士山ご来光を見せてあげる団体、冬富士登山失敗遭難者遺体搬出の団体などがありました。
個人では、「山頂郵便作業員」もあります。先輩が行っていたのは、無償でしたから「ボランティア」と申しましたが、
この山小屋のご亭主と友人関係となり、「山小屋開き」の手伝いをすることでした。つまり、開山祭前に入山します。
報酬は頂かないのですが、実は、これを手伝うとかけがえのないことを得るられるのです。富士山で入浴できるのです。

ご来光

この山小屋も、他のどの山小屋にも入浴設備はありません。
山開きは肉体労働です。外気は冷たいのですが汗をかきます。夏が終わり山を閉じて、次の山開きまで閉ざしていた小屋です。
ここへ入山者を迎え入れるための準備は重労働です。ご亭主はこの日までに何度もここへ荷物の搬入のために登ります。
多い日は2往復する日もあるそうです。小屋の入口の雪かきも終わらせてありました。

日がある間に仕事を済ませ、休むときにランプに火を入れます。
そうしていると、ご亭主はいつもの浅く広い穴にブルーシートを敷いて、雪を放り込みます。私も手伝います。
これが「湯」になるのです。自分たちのための風呂です。これだけのために毎年、先輩は登っていたのです。
燃やす燃料は、シーズン中に集まった可燃物ゴミです。これを処分せねばなりません。
その時に、例の番号が書かれている石を焼いて、集めた雪に投入するのです。全部燃やすのに数時間かかります。
夜中12時頃にやっと終わるとちょうど雪が「湯」になっています。早く入らないとすぐにさめてしまう風呂です。
日本酒はアルコール度数が低く効率が悪いので、ここでやるのはいつもスコッチです。肴は、ご亭主自家製の各種燻製です。
野菜類は贅沢品ですが、「キャベツ」は雪と相性が良いそうで、甘い千切りを塩だけで、生でいただきます。
この山小屋では、90℃で水が沸騰します。したがって、インスタントラーメンは美味しくありませんが、これを頂きます。
米は圧力釜でないと炊けません。

冒頭に「この富士山登山が私にとって、最初で最後の(?)山頂でのご来光です」と書きましたが、富士登山、私にもまだできるかもしれませんよね。どうかなあ…。

富士山各所へ物資の輸送を担う作業員を歩荷(強力)と申しました。強力の本来の仕事は、ガイドです。
シーズンでは、物資はほぼ毎日運ばねば足りませんので、強靭な若者が体力トレーニングを兼ねて短期アルバイトとして人気があります。
報酬は実に単純で、重量数と距離から算出されます。彼らは大抵、山小屋で宿泊し、朝下山して、再度登ることを繰り返すのです。

山小屋

現代の日本の歩荷は男子がほとんどですが、昔は女性も従事しました。
野口英世のご母堂がこの歩荷をされていました。
登山道から外れた斜面をキャタピラー式の運搬車が荷物を運べるところもありますが、
富士山の姿の保全のため決められた斜面しか使用できないことになています。

私がはじめて富士山を登ったのは先輩に誘われたからです。そのときはシーズン真っ只中でした。
入山前に先輩が麓のスーパーで、キュウリ数本、ウイスキー2本、普段飲まないコーラを1ダース、
喫煙習慣がないのにタバコ1カートンを買っていました。二人で飲むには多すぎるウイスキーなど不審でした。

理由は、先輩が目的地とする山小屋への差し入れだったのです。
山小屋では、「キュウリ」のような生鮮食糧は非常に貴重なのです。
山小屋は「須走口」の登山口側(下山側は別です。)から登って九合目にある「太陽館」です。
ここのご亭主は山開き後は下山しません。ですから、この差し入れ以外には酒タバコは我慢しているのです。

太陽館をご存知の方もいらっしゃるでしょうが、少しだけユニークなところを紹介しておきます。
まず、大抵は、夜中に到着するケースが多いので、その時は気がつかないのですが、付近の石垣や山小屋の外壁の石積みが特徴的です。
石一つ一つに白のペンキで番号が振られていますが、その向きは全部デタラメで外側に向いていない石もありますが、
その石にも番号は振られているそうです。
なぜゆえに番号が振られているかと言うと、昔、ご亭主が若い頃その山小屋を入手し、
できれば少し移設したいと考え、その石積みをバラして、再度組み直そうと考えたそうです。
そのための目印がその番号です。結果は惨憺たる状態で、今に至っているのです。
場所が変われば元通りの「天然積み」は不可能で、結局セメントで固めたそうです。そのデタラメな石積みがこの写真です。

この山小屋は古い小屋だったそうです。その辺りにある石を組んで作られた石積みの山小屋はどれも古く、
軽い新建材で建てられた小屋は新しい小屋だそうです。